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森づくりとモノづくりをつなぐコミュニティ

工藝の森
松山幸子さん

Activity活動内容

一般社団法人パースペクティブが運営する『工藝の森』とは、自然を起点に循環するモノづくりのあり方に着目し、「植える」「育てる」「作る」「買う」「使う」といった、モノをめぐる行為をつなぐ、活動のことです。

1つは、「植樹・育林事業」として、森のプロである林業家の知恵と力を借りて、漆を中心とした工芸素材を植樹・育成し、またすでに自生している桐などの工芸素材は、より好ましい環境で育つことができるよう、周囲の木々に対して選択的な伐採も行います。

2つめは、「循環的モノづくり共創事業」として、京北の地域資源である木材と、サステナブルな自然素材である漆を使って、だれもが気軽にモノづくりができます。何代にもわたり培われた職人技を、次世代につなぐことができ、その両立こそが、私たちの行うモノづくり事業の目的です。

Interview人と自然との関係性を教えてくれる〈工藝〉。漆という素材の魅力から始まる、循環型のモノづくり

松山幸子さん・堤卓也さん
工藝の森

松山 幸子(共同代表・工藝文化コーディネーター)
工藝は日本の社会、価値観、意識を映し出す「鏡」であると位置づけ、教育プログラムやツアーを企画。大量生産で生まれた均質な工業製品の溢れる社会的背景の中で、モノづくりへの親近感や、自然との関係性の中に身を置くことのできる感性が失われてきていることに危機感を感じ、2019年6月パースペクティブを設立。

堤 卓也(共同代表・漆精製業)
堤淺吉漆店 専務。明治期から続く漆の精製業者の四代目。漆と人々の暮らしとの間に広がる距離感や、漆の生産量の減少に危機感を感じ、漆のある暮らしを子ども達につなぐ取り組み「うるしのいっぽ」を始める。サーフボード×漆・BMX×漆・スケボー×漆など、漆との新しい出会いを提案。サステナブルな天然素材「漆」を、次の時代に継承するべく、2019年6月パースペクティブを設立。2021年三井ゴールデン匠賞受賞。

工藝の森は、モノづくりの源流である〈森〉と、人が自然と関わり続けることの現れである〈工藝〉を繋ぐ活動です。私たちの暮らしの中で、生活雑貨から伝統工芸と呼ばれるものまで幅広く使われている工芸品。〈モノづくり〉の全体の循環を捉え直し、工藝全体の世界を未来につなげていく工藝の森。
今回は、工藝の森を運営する一般社団法人パースペクティブの松山幸子さんと、堤卓也さんにお話を伺いました。国内外に工藝の魅力を伝え手として活動してきた松山幸子さん、明治期から続く漆の精製業者4代目の堤卓也さん。お二人が出会うことで形づくられた工藝の森の営みとはどういったものなのか、背景となる考え方や、漆、工藝、循環、生態系などをキーワードにお話を伺いました。

ライター:藤井 一葉
兵庫生まれ。浄土真宗本願寺派僧侶。若手僧侶グループ・ワカゾーで死をカジュアルに語る場「デスカフェ」を企画。 日本茶を淹れたり本を眺めているとほっとする。仏様のお話をさせていただくことも。

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漆屋に魅了された初めの一歩

ー堤さんは、明治期から続く京都の老舗である漆の精製業者の4代目ですが、以前から漆に関する活動をされていたのでしょうか?

堤さん
漆屋の子どもとして育ってきましたが、実は「漆屋をついでくれ!」と言われたこともなく、自分でも漆屋を継ぐとは思っていませんでした。大学も北海道の大学に進学し、進学後はそのまま現地で就職していました。

でも今、僕は京都で漆をつくっています。漆屋での仕事をやり始め、漆のことを知れば知るほど、どんどん漆に魅了されていきました。そしていつの間にか、この技術を未来に残していきたいと考えるようになったんです。

ー堤さんのされている漆屋の仕事とはどんなものなのでしょうか?

堤さん
漆の精製業者とは、漆の樹液をこし、個々に求められる漆の質(粘度、艶、固着の速さなど)をコントロールする漆という素材のスペシャリストです。僕たち製造業以外には、木の樹液である漆を育て、掻き集める「漆掻き(うるしかき)」の職人たちや漆のお椀や仏壇などの漆製品を塗る「塗師(ぬし・ぬりし)」と呼ばれる職人たちがいらっしゃいます。

ー漆には多くの職人さんが関わっているのですね。

堤さん
そうですね。いろいろな職人がいておもしろい業界でもありますが、同時にとても多くの問題が山積みになってるということもわかり始めました。ずっと工場(こうば)内だけで仕事をしていると知らないことも多かったのですが、漆の木が育てられている中国や日本の山に行ったり、職人たちと話していると漆を取り巻く生々しい現状を知ることになりました。

驚いたことに、40年前には500トンもあった漆の流通は、近年では30トンにまで減少しているのです。知れば知るほど、漆屋として将来に不安を感じるようになりました。

ーえ!500トンから30トンですか!? 

堤さん
そうなんですよ。そうなると「漆掻き」「塗師」そして、僕たち「精製業者」も職業として成り立たなくなります。これまでは「質の良い漆をつくるぞ」「安定供給するぞ」と意気込んでやってきましたが、今では、漆を未来に残していくために何ができるのだろうと最優先に考えるようになりました。

そこから漆の魅力を発信する「うるしのいっぽ」という、漆掻きや塗師への取材や幼稚園の給食で漆器を使ってもらうような活動を始めました。

漆にまつわる課題は、木を植え、育てることや職人のことなど多くのレイヤーで起きています。解決策が全然、見当たらなくて、当時は本当にお先真っ暗で、希望がなかったです。自分みたいな者ができることは何もない、という絶望にも似た気持ちでした。

もちろん「何かしなきゃ!」という気持ちもありましたが、しんどいこともあまりしたくなかったのが当時の心境でした。何とか自分の代まで続けていけたらいいかなと思っていたこともありました。けど、子どもを授かったことをきっかけに、自分だけの代だけよければ良いという考え方をしていることが嫌になったのです。

そこで、僕が思う素材としての漆の魅力を伝えていこう、きらびやかな世界・作品に使われる漆の側面だけじゃなく、木を植えて、育てることや漆掻きさんのことや、そもそも漆の素材が持っている魅力を多くの人に知ってもらうことで、漆の文化を盛り上げていこうと思うようになりました。

ー反響はいかがでしたか?

堤さん
嬉しいことにいろいろな方が声をかけてくださるようになりました。ちょうどその頃、漆が絶滅危惧の素材だという事で、着慣れないスーツを着て、東京での講演会に呼ばれ、登壇したこともありました。

しかし、同時に「これで漆の魅力が本当に伝わっているのか?」と疑問も感じるようになりました。こうした講演会は漆をすでに知っている人に向けての発信だったのです。もちろん、大事なことではありました。けど、漆を知らない人に漆を好きになってほしいという思いも強かったので、その面では「これは、やってないのと同じだ……」と感じてしまいました。

僕は、漆の素材の生き物っぽい、なまめかしさが好きなんですよね。塗膜になっていく過程とかすごく楽しいです。一方で、僕だけではその魅力を伝えきれないなとも思っていました。

そんな時に、KYOTOGRAPHIE 2017で松山さんと出会いました。

「工藝の最たるものが漆」

ーそこから一般社団法人パースペクティブの設立にはどうつながっていくのですか?

松山さん
私は、元々、伝え手として国内外に向けて工藝の魅力を発信していました。ただ、これまで伝える側の人間だった私も、工藝の現状を変えていくために自分がもっと動きたいと思っていたのです。

そんな時、堤さんに出会い、漆の話を聞いて「工藝の最たるものは漆かもしれない」と直感したんです。だから「何か私に手伝わせてください!」と率直に伝えました。あまりに急な申し出だったようで、堤さんはあまりピンと来てはいないようでした。(苦笑)

ー工藝の最たるものが漆と直感したのはどうしてですか?

松山さん
〈芸〉の旧漢字である〈藝〉「工藝の森」に使っています。

その漢字の由来は、人が苗を捧げ持つ姿の象形文字です。このことは、日本人が古来から「藝術」や「工藝」に対して持っている本質的なイメージなのではないかと考えていました。

つまり、人と自然との関係性を教えてくれるものが〈工藝〉であり、〈藝〉で表現される人の捧げ持つ苗こそが工藝の象徴だと考えていたのです。そして、苗とは工藝の素材に相当する、自然そのものです。職人さんたちは、その自然である素材を人の暮らしに活用するために、向きあい続けています。

そして、まさにこの工藝を象徴する素材の最たるものが漆だと感じるようになりました。それは、漆が人と1万年前からずっと二人三脚で歩いてきた素材であり、漆は人の暮らしの近くに植えられ、防水や接着のために利用されてきたことを知ったからです。まさに、職人さんと自然とが共に生きてきたのです。

堤さん
松山さんのこの話を初めて聞いたときは、僕とは住んでる世界が違う人だなと思いました(笑)。工藝の「藝」の字を見ただけで、気分悪くなりましたよ。書けなかったし(笑)。けど、今では大好きな字です。

ただ……松山さんの話していることを聞いていると、工藝や職人、漆に対する考えが、僕が感じている漆の魅力とどこか同じような気がしたんですよね。そこから、2019年にパースペクティブを一緒に立ち上げるに至りました。

photo Naoki Miyashita

ー少しずつ、お二人の言っている漆の「生々しさ」が見えてきた気がします。

堤さん
僕は、漆に興味のない人に漆の魅力を伝えたいと思っていました。そんな事を考えているうちに、元々大好きだったスケボーや自転車、サーフィンなどの外で遊ぶことが漆にリンクしていったのです。

そこから、伝説のサーフボードクラフトマン Tom Wegenerさんと天然の一枚板から削り出したサーフボードを漆塗りで仕上げるプロジェクトが、プロデューサーをしてくれてShin&Coの青木君や多くの方の協力で出来上がりました。

ーTomさんとのサーフボードのドキュメンタリーフィルムは、2019年 各国のFilm Fesにノミネートし、Florida Surf Film FesではBest Documentary-Short 受賞されています。

『BEYOND TRADITION』  Vimeo(動画)

漆を塗るためのアライア(古代ハワイアンの木製サーフボード)をシェイプするTom Wegenerさん

ーお二人のアプローチが、言語的と身体的とで間逆な印象もありましたが、お話を聞いていると同じところを目指している感覚が伝わってきました。

堤さん
これだけ違うのに、よく一緒にやってくれてますよ(笑)あの時、松山さんから「何か私にできませんか!」と急に聞かれて困ったことは今でも覚えています。

作家ではなく、素材屋が挑む「工藝」の世界

松山さん
2人でいろいろな話をするうちに、まずは木を植えるところからやりたい、ということになりました。しかし、私たちが漆を植えたからと言って本当に効果があるのだろうか、漆や工藝の業界全体の現状を変えていくことには、程遠いという感覚もありました。あらゆるレイヤーで課題がありましたから。でも、木を植える活動は私たちには欠かせない、必要なことだと感じていました。

工藝素材のおかれている現状は漆に限らず、どの素材も厳しいものです。今は少し流れが変わってきていますが、2018年では「工藝」というと、作家さんにフォーカスされるものでした。だから、私たちのような素材屋が工藝としてフォーカスされるなんて誰も予想していなかったと思います。

堤さん
工藝や漆、伝統文化の抱える課題の大変さはみんな何となく想像できると思います。けど、実際の課題の根深さや広さとなると、なかなか、外の人にはわかってはもらえません。

それが、現場の工場や職人といると素材の生々しさや、素材にまつわる様々な課題が見えてくるんです。それが、素材屋が工藝をやることの意義だと思います。

松山さんは、職人ではないので、最初は素材の生々しさや課題の深さを「わかってないな」と思うこともありました。しかし今では、言葉だけでなく、感覚としてもわかってくれています。

photo Naoki Miyashita

また、僕自身、活動し始めたばかりの頃は仕事として「漆を買ってもらわないといけないから、あまり変わったことはできない」と思っていました。うちは国産漆も扱い、文化財にも使ってもらっていて、昔からの信頼で成り立っている事業なので変なことしちゃだめだと思っていたのです。

でも、子どもを授かってから、漆の魅力を知ってもらうために何かしなければと思い、スケボーを漆塗りにしたりしました。自転車に漆を塗ったのも、売ることが目的ではなく、「友達に漆を見てもらいたい」「さわってもらいたい」との想いからでした。

そうするうちに、やってきた全てのことがだんだんとつながり、ぶれなくなってきたというか、自分が素直になっていくのを感じました。「きれいな地球を残したい」「漆の文化を残したい」「好きな漆のこと知ってほしい」と、言葉と行為、心に嘘偽りがなくなって、自分自身が生きやすくなりました。

「うえる」から「なおす」まで「行為循環型のモノづくり」

ー工藝の森では今後、どんなことをしていきたいですか?

松山さん
工藝の森の活動は、いろいろなことが循環する生態型を「再編集」していくことだと思っています。工藝には、「うえる」から始まり「そだてる」、「いただく」、ものを「つくる」「つかう」そして、「なおす」過程が存在します。その過程がぐるぐると上手く回ることを「行為循環型のモノづくり」と呼んでいます。

これを目指すには、それを支える、営みとなる繋がりが必要となります。物事を進めるには、いろいろなことが影響し合います。人だけの話ではなく、山川の自然環境の状況や経済がどう回っているかなども含まれます。

私たちはそういった、全部を含めての「生態系」こそが行為循環型のモノづくりだと考えているのです。その見地に立って物事を考えていかないと、根本的には何も解決しないです。とても壮大ですが、それを一つひとつどう整えていくかに向き合っています。

工藝の森ウェブサイトより

漆を山に植える行為が、山の多様性にどう影響するか、育てるコミュニティはどうするのか、その植えた漆の使い道、職人さんの技術や文化をつないでいくための雇用はどうするか、そうした営み全体の生態系を再編成していくことを目指しています。だからこそ、様ざなま要素にアプローチしています。

ー壮大ですね。工藝や漆の世界全体をよくしていきたい気持ちが伝わります。

堤さん
漆屋も漆屋だけじゃ成り立たないです。木がなかったら、売るものがなかったら、塗るものがなかったら、色んなものがなかったら始まらないというところで「工藝の森」です。工藝を、人の生活を、豊かな美しい場所である人の暮らしを続けるために何が必要なのかを考える。

松山さん
私たち一般社団法人パースペクティブの団体だけで成し得ることではないと思っています。だから、団体名とは別に「工藝の森」という生態系を表現する旗を上げ、概念として多くの人がいろんなことをやっていってほしいと思っています。

(Tom Wegenerさんとの木製サーフボード作りのワークショップに参加した皆さん)  photo Masuhiro Machida

堤さん
僕らが目指していることや想いを一緒に実現していく人たちがもっと増えたらいいなと思います。

きれいな地球を、次に世代につながるように残していくことは声にしなくても、みんな、心のどこかで望んでいることだと思います。そこで、実際に動くかどうかは、また別です。思って、行動していく人は本当に貴重です。そういう人がもっと増えほしいです。

人生の中で全部がまっとうできている感じで生きていたい

ー最後に、僧侶が起業したテラエナジーらしい質問をさせてください。お二人の死生観、生まれて、生きて、そして死んでいくことについてどんな風に捉えていますか?

堤さん
死生観ですか……。もう亡くなっていますが、じいちゃんから愛情みたいなものを受けた感覚があります。漆の工場で竹とんぼを作って置いて帰ったら、次の日にはじいちゃんがそれに漆を塗ってくれていたことがありました。

じいちゃんは早くに亡くなったので、僕が大人になり、漆屋をやってることを知らないです。それでも、漆の仕事を始めた当初は悩むことも多くて、時間がある時はじいちゃんのお墓に行って、お墓にしゃべったりしていましたね。

「漆屋をやれ」と言われたことがなかったですが、この世界に入り、どんどんどんどん漆に魅了されていきました。今思うと小さい頃から、知らない間に漆が染み込んでいたんでしょうね。

今は、漆を軸に僕の周囲にあったいろいろな要素がつながっていくのを見ていたら、「どれかひとつ」ではなく、全部を全うして生きていきたいと思うようになりました。漆もしっかり作り、サーフィンもしっかり楽しんで、ガキンチョと一緒に海に入っていく。こんな風に思えるようになったのは、漆のおかげだし、その漆の未来を照らしてくれたのは松山さんとの出会いですね。

松山さん
あまり生きる死ぬというところに境目がない、と感じています。それは、一昨年に友人が脳の癌で亡くなったことが影響していると思います。脳の癌は、一つひとつの機能が停止していく病気です。彼女は半年間入院していたのですが、最初は言葉が出なくなり、その次は立てなくなり、その次は食べ物を食べられなくなり、覚えられなくなっていきました。一つひとつ機能が停止していくプロセスを近くで見ることになりました。

「生」と「死」の境界線があやふやになる感覚を強烈に感じました。一人ひとりの生死の境は、個人にとって一大イベントでとても大事だと思いながらも、生から死への移行も一つの階層、循環の中での変化なのかなと。

私自身も、闘病したことがあり、その後「私には生きる目的、目標みたいなものがない」と考える時期がありました。けどある時「生きる目的なんかなくていい。自分が一番、クリエイティブに生きていさえすれば、自分の命がまっとうされるいうことなんだ」と閃きました。

ーありがとうございました。松山さんと堤さんの漆への愛情と工藝に対する熱い気持ちが伝わってきたインタビューでした。1万年以上にわたり人とともに生きてきた漆に魅了されていきました。

私たちの生活の中で、人と自然の関係性を教えてくれる「工藝」。素材を育て、人がモノをつくり、使っていくことの循環を捉え直す「工藝の森」。人の豊かな営み、自然の美しさを未来につなげていく工藝の森の活動を一緒に応援しませんか?

団体情報

設立
2019年
活動領域
文化芸術・環境・森林
活動中心地域
京都・京北

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